東海教区伝道協議会講演を聴講してきましたよ~in 山梨石和温泉(1)


主題講演テーマ:主の再び来たりたまふを待ち望む教会

講師:東野尚志牧師(滝野川教会)

日時:9月7日~8日

会場:石和名湯館 糸柳

霊と花嫁が共に言う。「来りませ。」これを聞く者も言うがよい。「来りませ。」渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。霊と花嫁が共に言う。「来りませ。」これを聞く者も言うがよい。「来りませ。」渇いている者は来るがよい。命の水が欲しい者は、価なしに飲むがよい。また、この預言の書の言葉から何か取り去る者があれば、神は、この書に書いてある命の木と聖なる都から、その者が受け取る分け前を取り去るであろう。これらのことを証しする方が言われる。「然り、私はすぐに来る。」アーメン、主イエスよ、来りませ。主イエスの恵みがあなたがたすべての者と共にあるように。ヨハネの黙示録22:17-21

一般社団法人日本聖書協会

伝道協議会は初参加でしたが、東野牧師の講演も、その後のパネルデスカッションや伝道報告会および礼拝も、一語一語うなづきながら聞ける内容の濃いものでした。文字通り”目からうろこ”が落ちる学びをして帰ってきました。東野牧師のお話は日本基督教団の信仰告白(使徒信条)と伝道五か年計画?を土台に、主の再臨と復活と救いについてだったのですが、少々難解だったけれど聞き終わった後は、爽快な気分です。

ヨハネの黙示録や終末論と聞いただけで、陰湿で暗黒なイメージを思い起こしていたのですが、本当はとても希望に満ちた未来を約束してくれているもののようです。改めて黙示録をじっくり味わってみようと思います。

集中力が長く続かない、疲れやすいなどの特性があるので、しっかり聞きたい話は録音して聞き直しています。あらためて聞き直してみて、礼拝と聖餐式が一体となった礼拝を守り続ける事、および祈りとみ言葉に満たされて生きる事が、信仰の成長につながり、伝道の基になる事を思わされました。

東野牧師のお話の中で心に留まった言葉をいくつかピックアップしてみました。どうぞ同じ恵みを分かち合ってください。

・主を信じる私たちは、キリストの再臨、第二の来臨(第一の来臨はクリスマス時)を恐れるのではなく、喜びをもって待ち望むことができる。それは第一の来臨によってはじめられた救いの業が完成される時であり」、神のご計画に基づく救済の歴史が完成されるのである。(「4、最後の審判、救いの完成」)

・復活して天に昇られた主が再びおいでになる終わりの日を待ち望みつつ、備えて生きるのである。(「4、最後の審判、救いの完成」)

(後に続く)

投稿者: nozomi016

アスペルガー症候群およびADHD(注意欠陥多動性障害」という診断名を持つ当事者です。生きづらさを持つ人の交流会・あずさの会創始者兼スタッフメンバーです。 クリスチャンです。